Asia Arsenic Network - 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク

地下水による砒素汚染

アジアの砒素汚染地図

日本では1920年代以降、宮崎県の土呂久鉱山、松尾鉱山、島根県の笹々谷鉱山など、硫砒鉄鉱を焼いて亜砒酸を製造した鉱山周辺で、住民や労働者の間に皮膚に特徴のある病気が多発しました。環境省や厚生労働省が、その病気を慢性砒素中毒と認めたのは1970年代にはいってからです。

台湾では1920年代に烏脚病(Black Foot Disease)と呼ばれる病気が見つかり、1950年代に原因が井戸水に含まれる砒素だと報告されました。

中国・貴州省では、屋内で砒素を含む石炭を燃焼させることによる砒素中毒が起きています。この病気は1950年代初め、皮膚に斑点がでることから「蛙肌(Frog Skin Disease)」と呼ばれ、砒素中毒だとわかったのは1960年代半ばのことでした。

1980年以降、チューブウェル(管井戸)で汲み上げた地下水による砒素汚染がアジアの各地で確認されています。

砒素に汚染されたチューブウェル

砒素に汚染されたチューブウェル

1980年に中国・新疆ウイグル自治区、1982年にインド・西ベンガル州、1987年にタイのロンピブン村、1989年に中国・内モンゴル自治区で砒素中毒患者が発見されました。その後、バングラデシュで約3,500万の人びとが砒素に汚染された水を飲んでいることがわかり、他の国でも調査が始まりました。その結果、地下水の砒素汚染は、アジアの大河流域で、共通して起こっていることがわかってきました。

アジアの砒素汚染地図

中国の黄河流域、ベトナムのレッドリバー流域、カンボジアとベトナムのメコン川流域、ミャンマーのエーヤワディー川流域、ネパールとインドのガンジス川流域、パキスタンンのインダス川流域、ガンジス川とブラマプトラ川とメグナ川の3つの大河が合流してできたデルタの国バングラデシュなどです。

乾季稲作にチューブウェルで汲み上げた地下水を利用する

乾季稲作にチューブウェルで汲み上げた地下水を利用する

こうした河川をさかのぼると、世界の屋根ヒマラヤ山脈にたどりつきます。ヒマラヤ山脈はおよそ4,500万年前、漂流していたインド亜大陸とユーラシア大陸が衝突し、ユーラシア大陸の南にあったテチス海が隆起してできたといわれています。大昔は海底だったヒマラヤの岩石に砒素が含まれていて、長い年月の間に岩石は風化し、大河に運ばれて中・下流域に堆積しました。砒素は、酸化・水酸化鉄や粘土に吸着されたり、植物が枯死してできた泥炭に取り込まれたりして地下に眠っていました。20世紀の後半になって、飲料水が地表水から地下水に転換するのにともない、眠っていた砒素がチューブウェル(管井戸)で汲みだされて、住民の健康を脅かすことになりました。地下水を灌漑に使っている地域では、砒素による土壌や農作物の汚染も懸念されています。

地下水砒素汚染のメカニズム

地下に安定した状態で眠っていた砒素がどうして地下水に溶けだしたのか? そのメカニズムに関して、「酸化説」と「還元説」の2つの説があります。

酸化説は、砒素汚染地の地層から砒素を付随する硫化鉄が見つかったことを根拠にして、乾季の灌漑用地下水の大量汲みあげによって地下水層に空気がおりていき、その酸素が硫化鉄を酸化することで、硫化鉄は3価の鉄と硫酸イオンに分解し、そのときに付随していた砒素が離れて地下水に溶けだす、というものです。

この説に対し、井戸水から硫酸イオンが検出されないことや、井戸水は酸化ではなく還元状態にあることなどから異論がだされ、「還元説」の主張が強まりました。

還元説は、砒素濃度の高い井戸水が同時に高濃度の鉄を含んでいることや、地下を還元的な環境にかえるバクテリアの活動に着目して、地上から浸透してきた汚水やし尿や肥料などを栄養素とするバクテリアが活性化して、鉄を3価から2価に、砒素を5価から3価に還元する結果、酸化・水酸化鉄に吸着されていた砒素が解き放たれて地下水に溶けだす、というものです。

現在、アジアの地下水砒素汚染のメカニズムは還元説で説明されています。

アジア地下水砒素汚染の規模

世界銀行が2005年3月に発行した ”Towards a More Effective Operational Response – Arsenic Contamination of Groundwater in South and East Asian Countries” (「より効果的な対策の実践に向けて-南・東アジア各国の地下水砒素汚染-」)の

は、 近年、チューブウエルで地下水をくみあげて飲料や灌漑に使い始めてから、アジアで砒素汚染が深刻になったと警告しています。同書には、世界銀行が2004年4月にネパールで開催した「砒素ワークショップ」における報告をもとに作成した下表が掲載されています。飲料水中の砒素の許容濃度に関し、世界保健機構(WHO)は10ppb(μg/l)を勧告していますが、アジアの多くの国は、この基準は厳しすぎて飲料できる水がなくなるといって、WHOの従前の勧告値50ppb(μg/l)を使っています。同書によれば、地下水の砒素濃度が10ppb(μg/l)を超える地域に住んでいる南アジアと東アジアの人びとは6,000万人にのぼります。アジアの地下水砒素汚染の重大さがわかります。

  汚染面積(㎢) 汚染地の人口 砒素濃度(μg/l)
バングラデシュ 150,000 35,000,000 <1-2,300
中国(内モンゴル、新疆ウウイグル、山西省) 68,000 5,600,000 40-4,400
インド(西ベンガル州) 23,000 5,000,000 <10-3,200
ネパール 30,000 550,000 <10-200
台湾(中国) 6,000 10,000 10-1,800
ベトナム 1,000 10,000,000 1-3,100
ミャンマー 3,000 3,400,000 未詳
カンボジア <1,000 32,000 未詳
パキスタン 未詳 未詳 未詳

出典:Towards a More Effective Operational Response-Arsenic Contamination of Groundwater in South and East Asian Countries; Volume2

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