Asia Arsenic Network - 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク

健康を支える地域づくり

社会的に弱い人ほど、環境汚染や生活習慣によって病気になりやすく、医療にかかれないことで重症化させ、それが原因で貧困に陥ってしまいがちです。そうした悪循環を断ち切る支援をしています。

慢性ヒ素中毒症の皮膚症状

慢性ヒ素中毒症の皮膚症状(色素沈着と角化症)

1996年に初めてアジアでの砒素汚染調査開始以来、AANは飲料水供給に主軸をおいた対策をバングラデシュ、インド、ネパール、ベトナムなどで実施してきました。しかし、水供給設備をせっかく作ってもすぐ止まってしまったり、代替水源として作られた井戸から砒素が出ていたり、社会インフラの弱い砒素汚染地域での安全な水設備を行き渡らせることの難しさに直面してきました。その間に多くの人たちが、新たに砒素による健康被害を増えていくことが懸念されました。砒素は少量でも長期間摂取すると、皮膚症状、粘膜症状などを起こしたあと、内臓全体へ広がり、癌になります。

社会的に弱い人ほど、病気の原因をはねのける力が弱く、医療にかかれないことで重症化させ、それが原因で貧困に陥る、悪循環が起きてしまいがちです。AANは地域の人々、行政、大学、企業など様々なパートナーと連携ながら、生活習慣や環境汚染によって起きる疾病と貧困の悪循環を断ち切る支援をしています。

バングラデシュの保健課題

皆さんは、バングラデシュの健康問題と聞くと、感染症や栄養不足、出産に関わる健康問題、を思い浮かべるのではないでしょうか?これらの問題は今も根強く残っていることは事実ですが、バングラデシュは今、新たな脅威に直面しています。

新たな脅威とは、糖尿病、癌、慢性呼吸器疾患、心臓病、慢性砒素中毒症など、環境汚染や生活習慣に起因する病気で、重症化していく慢性疾患です。死因としてもこれらの病気によるものが6割を占めています。低所得国では若いうちにこれらの病気で亡くなる人の割合が高いことも指摘されています。

適切な治療を受けることが難しい、貧困層、僻地に暮す人、外出の難しい女性、障害を持つ人などにとって、特に大きな脅威となっています。糖尿病や脳卒中などの病気は、日本では生活習慣病と呼ばれますが、バングラデシュを含むアジアの国ではその概念はなく、単に移らない病気を意味する非感染性疾患(NCDs)と呼ばれます。

AANの保健分野の活動

AANは1998年から砒素汚染地域で健康被害に苦しむ人の治療を支援してきました。砒素対策の最も重要で緊急性を持つ活動は、砒素を含まない安全な水の供給であり、バングラデシュ政府および各国機関、国際機関はその達成に向けて活動を続けています。バングラデシュ全土に安全な飲料水が供給され、飲料水の質を原因とする健康被害が消滅することが、究極の目的であることはもちろんですが、多くの努力にもかかわらず、安全な水を手に入れることができず、何の対応策も打たないまま、悪化の一途をたどってしまう農村部の住民が当面存在することが予想されます。

そこで、アジア砒素ネットワークは、水供給事業と並行した形で、患者発生抑制と患者支援を実施することを目的とした「オバイナゴール郡における砒素汚染による健康被害・貧困化抑制事業」を2010年3月~2012年3月の2年間実施しました。

この事業は図が示す3つのセーフティネット、つまり;

  1. 生活習慣を変えて病気を予防
  2. 保健医療従事者の強化を通じた早期発見と適切な健康管理による重症化予防
  3. 行政が患者世帯への生活支援を導入し、疾病による貧困化を予防

を整備することで、砒素のような環境汚染による健康被害や経済的損失を最小限にとどめることを目指しました。

(図)砒素汚染による健康被害と貧困化抑制のための3つのセーフティネット

(図)砒素汚染による健康被害と貧困化抑制のための3つのセーフティネット

この事業は一定の成果を出して終了しましたが、バングラデシュ政府保健省保健サービス局からAANに、この3つのセーフティネットのアプローチを砒素中毒症のためだけでなく、非感染性疾患全体に広げるよう進言してくれました。

バングラデシュでは、慢性砒素中毒症の予防と管理も、非感染性疾患対策課が管轄していますし、実際、フィールドで予防と管理をするさい、慢性砒素中毒症と非感染性疾患では対策に多くの共通項がありました。AANはニーズ調査(バングラデシュ国地方都市周辺における非感染性疾患対策ニーズ調査 2012年5月~9月)を2012年に実施した後、2013年より非感染性疾患のリスク低減事業に着手しました。

AANは、非感染性疾患のリスクを低減するために、以下の支援を行っています。

  1. 知識と行動を広げる
    食事、運動、嗜好品との付き合い方、健康的な生活を送るための環境改善、などに関する知識を伝え、その地域で受け入れられる予防策を考え、地域ぐるみで実践することを支援する。
  2. 早期発見の機会を増やし、経過観察を受けることを支援する
    医療機関にかかるのが困難な女性、障害者、貧困者を含む、一人一人が、いつでも、より近な場所で、手軽に、安心して、健康診断と健康指導を受けられる体制を地域でつくる。
    住民グループが、政府の保健ワーカーに協力を依頼し、学生ボランティアを募って、健康診断キャンペーンができることを支援する。
    地域の保健施設が病院に照会し、適切な経過観察ができることを支援する。
  3. 病気の原因を克服する
    地域ぐるみで、NCDsの原因となる環境汚染(水質汚染や室内大気汚染)あるいは生活習慣や慣習(食行動や運動習慣)を、地域内外の資源、経験、知恵を活用し、克服できる地域をつくる。患者が貧困により治療をあきらめてしまわないように、地方行政による患者の生活支援を強化する。
非感染性疾患になりやすくする要因

非感染性疾患になりやすくする要因

英語報告書NCDⅡ最終報告書(英語)

先行案件「非感染性疾患リスク低減事業報告書」はこちらからお読みいただけます。
和文報告書:非感染性疾患リスク低減事業報告書

バングラデシュ国ジョソール県における非感染性疾患リスク低減のための病院内相談室強化事業

The Project on Strengthening Counseling Corner in NCD Corner for Reducing Risk Due to Non-Communicable Diseases in Jashore District 

バングラデシュでは糖尿病、高血圧などの非感染性疾患(以下「NCD」とする)が増加する一方で、NCDの保健医療サービス導入の遅れが、患者の重症化や高額治療費の自己負担による貧困化を招いていることが課題となっていました。バングラデシュ政府はこの問題に対処するため、NCDの予防と管理の強化を進めており、全国の郡病院にNCDコーナーを設置する計画です。この事業の対象地域4郡はNCD管理モデルに指定され、本事業は2019年よりNCDコーナーの健康教育、相談、フォローアップ支援、データ管理を含む社会的サービス機能の強化を図っています。

バングラデシュにて、NCD予防啓発動画を2019年度に作成しました。プロの役者さんが演じており、バングラデシュの農村の暮らしとNCDリスクの関係、予防法について丁寧に伝えています。

NCDコーナー利用者数

AANはバングラデシュ国ジョソール県の県病院、ショドル郡、ケシャプール郡、チョウガチャ郡、モニランプール郡の5病院のNCDコーナーの立ち上げと強化支援を2019年4月より行ってきました。2020年以降の新型コロナ感染拡大によるロックダウンの間もNCDコーナーはサービスを継続し、受診控えの傾向は読み取れるものの、患者を受け入れてきました。これまでに5病院に約3万人がNCD患者として登録し、延べ10万人以上の経過観察患者を受け入れています。

NCDカウンセラー養成

AANは、政府病院の職員に対して、NCDコーナーでカウンセリングやデータ管理などの能力強化を目的に NCDカウンセラー育成研修(座学)を実施してきました。しかし、コロナ禍の政府病院では、配置換え(緊急外来、コロナ病棟、国境検疫、ワクチン接種プログラムなど)や職員の感染や体調不良等で度々マンパワー不足に陥りました。多くのスタッフにNCDコーナーの業務を習得させたいという病院側の要望も受け、実地研修も積極的に行いました。

データ管理システム

途上国においては治療の質の向上、医療アクセスの改善、治療からのドロップアウト防止などの理由から保健分野のデジタル化が急速に進んでいます。AANは政府と協力して、患者のデータベースを導入し、運用支援を行ってきました。現在は、運用が軌道に乗り、NCDコーナーで入力が可能なことはもちろん、フィールドで入力したデータの検索・確認・更新、再診患者のデータ検索・確認・更新がスムーズにできるようになりました。このデータベースは、バングラデシュ政府が今後管理していきます。

病院側のオーナーシップの醸成

AANはNCDコーナーの持続性を考え、高価な設備や機材を投入するのではなく、現地側の投入を引き出しながら、NCDコーナーを定着、拡大させることを目指しています。ショドル郡においては、元々病院機能がなく、保健事務所の執務室の一室と廊下だけをNCDコーナーとして活用していましたが、利用者数の増加を受け、郡の資金で2019年にNCDコーナーのスペースを増設しました。さらに2021年には患者が密にならずに、日差しや雨を避けて待機できるよう、屋外に屋根を付け椅子を配置しました。このように地方行政の資金を用いてNCDコーナーを増強していることから、オーナーシップが醸成されていることが確認できます。

この事業の実施期間にコロナパンデミックが始まり、厳しい状況でしたが、NCDコーナーの社会的機能は強化され、定着しつつあります。

ページトップへ