Asia Arsenic Network - 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク

砒素汚染対策プロジェクトの歴史

【バングラデシュ】地方行政による飲料水サービス支援事業(2011年~2015年)

「移動砒素センタープロジェクト」(2002-2004年)と「持続的砒素汚染対策プロジェクト」(2005-2008年)で、AANがジョソール県シャシャ郡とチョウガチャ郡に建設した公共水源は214基ありましたが、持続的砒素汚染対策プロジェクトが終了して2年半後の2011年5月から6月にかけて、214基の稼働状況を調べると、半分を超える109基(51%)が利用されていないことがわかりました。原因は、水源が故障したあと修理されなかったり、水涸れで停止したままになったり、近くに深井戸が掘られて利用者が離れていったりしたためです。AANは水源モニターを雇用し、公共水源の巡回点検と利用者組合の支援を始めたところ、半年後の2011年11月に使われていない水源は66基(31%)に減りました。このことから、利用者組合の自主性にゆだねるだけでは十分でなく、その活動を見守って、必要に応じて手助けをする人物の必要性を教えられました。持続した安全な水供給には、計画・建設・維持管理の3つが適切におこなわれなければなりません。政策や法令には、農村の飲料水供給に公衆衛生工学局とユニオン議会が責任を負うと書いてありますが、両者の責任分担ははっきりせず、現実には、なんの計画立案も維持管理のシステムもありませんでした。

この状況を克服するために、AANは全国に先駆けて、ジョソール県ジコルガチャ郡のユニオン議会が水供給計画をつくって、それにもとづいて新規水源建設をおこない、維持管理のために水監視員を雇用・配置するプロジェクトを実施しました。それがJICA草の根技術協力「地方行政(ユニオン議会)による飲料水サービス支援事業」(2011年12月―2015年5月)です。

代替水源分布地図

安全な水供給計画づくりには地図が欠かせません。フィールドスタッフがGPS(全地球測位システム)でジコルガチャ郡内のすべての個人用井戸と公共代替水源の緯度と経度をはかり、世界銀行プロジェクト(BAMWSP)の調査で砒素濃度が飲料水基準(50ppb)を超えていたかどうか聞き取り、GIS(地理情報システム)技術を使って、砒素汚染地図と代替水源分布地図を作りました。砒素汚染地図には、世界銀行プロジェクト時に砒素濃度が50ppbを超えていて赤ペンキを塗られた井戸の場所に、基準以下で緑ペンキを塗られた井戸の場所に、調査後に設置されて砒素濃度の不明な井戸の場所にの点を打ちました。代替水源分布地図には、代替水源を中心に半径150mの円を描き、この円の内側では安全な水が供給されているとみなしました。こうして作成した砒素汚染地図と代替水源分布地図を重ねると、どこの地域に安全な水が供給されるようになっているか、どこに新たな公共水源をつくればよいかが一目でわかります。ジコルガチャ郡内11のユニオン議会は、議員の集まった場で、この地図をもとに話し合って「安全な水供給計画」をつくりました。

これまでの経験から、住民が喜ぶのは「砒素がはいっていない水」ではなくて「健康によくておいしい水」だとわかってきました。水涸れで停止したあと使われなくなるのを避けるには、年間通して水を供給することが必要です。プロジェクトは、利用者が「安全でおいしい」と喜ぶ水を年間通して提供できる代替水源の建設をめざしました。

ジコルガチャ郡は、乾季に池やダグウエルの水が涸れ、地下水位が低下して多くの井戸で水を汲みあげるハンドルが重たくなります。中には、まったく地下水があがってこなくなる井戸もあります。プロジェクトが新設した23本の深井戸には、もっと深い水を汲むことのできるように改良したムーン・ポンプを付けました。ムーン・ポンプで組みあげた深井戸の水の鉄が濃くて飲めない、と苦情のでた3本には、鉄除去装置(IRP)を付けて住民の要望に応えました。砒素鉄除去装置(AIRP)は、砂利槽と砂槽で砒素と鉄だけでなく、その他の過剰なミネラルを除いておいしい水を提供するので喜ばれます。乾季に地下水が低下しても困らないように、ムーン・ポンプで取水するようにした砒素鉄除去装置を21基建設しました。

また、問題の多い水源222基について、利用者の要望に応えて修復しました。このうち78基は使われなくなっていたのを修理して稼働させたものです。乾季に地下水があがってこなくなった深井戸は、井戸管の横を5メートルほど掘り下げて従来の管を太い管に取り替え、この太い管の底にフットバルブを置いて、そこからさらに約10メートル下の水を汲みあげるように改良しました。プロジェクトの技術者ジョイヌルが考案したこのポンプを「アポン・ポンプ」と呼び、98カ所で付け替え工事をおこないました。

公共水源の維持管理

砒素鉄除去装置、鉄除去装置、ムーン・ポンプ付き深井戸、アポン・ポンプ付き深井戸は、「安全でおいしい」と利用者から喜ばれましたが、どれも維持管理が容易ではありません。そこで、ユニオン議会が公共水源の維持管理を担当する職員を配置して、水源の利用者組合を手伝う仕組みをつくりました。この職員を水監視員(パニ・ポリドッショック)と呼びます。ジコルガチャ郡11ユニオンの中の8ユニオンが、庁舎内に部屋をつくって水監視員を雇用・配置しました。水源が故障したときの修理、フィールドキットによる砒素検査、錆びた手押しポンプのペンキ塗り、定期的な巡回点検、水源の周辺環境の整備、フィルター型水源の維持管理などが仕事です。問題は、水監視員の制度を維持するための財源がないことでした。

そこでプロジェクトは「利用者の要望に応えるサービス」を目標に、利用者組合から苦情の電話がはいれば、水監視員がすぐに飛んでいってサービスを提供するように徹底しました。このサービスが歓迎されるようになったとき、利用者はサービスの対価として、1家庭月10タカ(15円)のサービス料金を払うようになりました。1ユニオンの月額サービス料金の集金額が8,000タカ(1万2,000円)を超えると、6,500タカの給料と必要経費を支払うことができます。プロジェクト終了時までに、6ユニオンで目標にしていた集金額を超えて、水監視員を継続して雇用する可能性が生まれました。

プロジェクトメンバー

プロジェクトの計画・承認・監督をおこなうのは、中央政府の水供給部長、公衆衛生工学局の事前調査部長、ジョソール県知事らで構成された合同調整委員会です。この委員会が、水監視員の制度を全国に普及することを決めたほか、世界銀行のホリゾンタル・ラーニング・プログラムがジョソールで開催されたとき、ジコルガチャ郡を見学した他のユニオン議長から「自分のユニオンでも取り入れたい」という要望がだされました。また、砒素対策のための国家政策の実行計画を改定する作業委員会でも、利用者がサービス料金を払って水監視員の制度を支えるシステムが評価されて、実行計画改定(案)の中に盛り込まれています。

このプロジェクトは、ジコルガチャ郡のユニオン議会を支援して、代替水源建設の計画、住民に喜ばれる公共水源、水源の維持管理のための水監視員制度をつくって、砒素汚染地に継続して安全な水を供給するシステムをうちたてました。

【バングラデシュ】地方都市周辺における非感染性疾患対策ニーズ調査(2012年5月~9月)

アジア砒素ネットワーク(以下AAN)は、砒素汚染解決を支援するため1996年から調査研究・対策実践をバングラデシュで行ってきましたが、2010年からは特に「慢性砒素中毒症の予防・管理」に焦点をあてた事業を実施しました。

バングラデシュでは、慢性砒素中毒症の政府による管理は保健サービス局の非感染性疾患対策課が実施しています。保健サービス局は、AANが慢性ヒ素中毒症の支援の経験を元に非感染性対策を開始することを、2011年12月からアドバイスしてきました。

しかし、ヒ素対策を使命とするAANとしては、ヒ素中毒の被害を最も受けている農村部の貧困層に、非感染性疾患の負荷が深刻化しているのか、もし広がっているとすれば飲料水問題以外のリスク要因はあるのか、など確認する必要がありました。このため、非感染症の実態を把握するための調査を、外務省NGO事業補助金の支援を受けて実施。調査地域は保健サービス局と協議の上、ジョソール県ショドル郡内の農村部と都市周辺部としました。

この調査の結果、「不健康な食事・運動不足・たばこ・飲酒」が原因と言われる非感染性疾患のリスクが比較的低いと考えられやすい農村部住民、女性、貧困層にも拡大し、疾病負荷が深刻化していることが明らかになりました。

その原因として

  1. 都市化やグローバル化の影響から、生活習慣が著しく変化し、ヒ素汚染を含む環境汚染が進む中、非感染性疾患に関する予防策が張られておらず、多くの住民が誤った選択を繰り返していること
  2. 政府機関・職場・学校での健康診断の制度がなく、発見が遅れること
  3. 症状に気づいても適切な医療機関を受診せず治療開始が遅れること
  4. 医療保険がないために、慢性疾患の治療費が負担となり、治療が継続させられないケースがあること
  5. 保健以外のセクターとの連携を通じた非感染性疾患の原因の根絶の必要性を、国連、WHO、バングラデシュ政府も提唱しているが、改善に向けた体制が整っていないこと
  6. これらの影響が女性、貧困層、農村地域に居住する住民など、ヘルスリテラシーが低く、健康行動が取りにくい弱者層により強く出る傾向があること

などが確認されました。

この結果を受けて、AANはヒ素対策を含める形で、非感染性疾患リスク低減を進める取組を開始することとなりました。

調査報告詳細はこちらからお読みいただけます。

【バングラデシュ】オバイナゴール郡における砒素汚染による健康被害・貧困化抑制事業(2010年~2012年、JICA)

砒素対策の最も重要で緊急性を持つ活動は、砒素を含まない安全な水の供給であり、バングラデシュ政府および各国機関、国際機関がその達成に向けて活動を続けています。バングラデシュ全土に安全な飲料水が供給され、飲料水の質を原因とする健康被害が消滅することが、究極の目的であることはもちろんですが、多くの努力にもかかわらず、安全な水を手に入れることができず、何の対応策も打たないまま、悪化の一途をたどってしまう農村部の住民が当面存在することが予想されます。

そこで、アジア砒素ネットワークと国際協力機構(JICA)は、水供給事業と並行した形で、患者発生抑制と患者支援を実施することを目的としたプロジェクトを2010年3月~2012年3月の2年間、実施しました。

このプロジェクトは3つのセーフティネットを砒素汚染地域で制度化することによって、これ以上の砒素被害を抑制するというモデルを試行したものです。

この3つのセーフティネットとは図が示す通り、(1) 砒素中毒発症抑制のためのセーフティネット1、(2) 中毒患者の早期発見、継続的健康管理のためのセーフティネット2、(3) 砒素中毒患者世帯の貧困化を防止するための収入向上、生活支援のためのセーフティネット3を示します。

砒素汚染による被害抑制のためのセーフティネット

この3つのセーフティネットを実際に運用することにより、
対象地(オバイナゴール郡)内の全人口の40%が何らかの形の砒素問題に関する啓発を受けた。

プロジェクト開始時に比べて、確認患者数が7割増加し、新しく発見された患者はそれまでに比べて、早期症状で確認される比率が約3倍になった。さらに、確認された患者の9割が保健医療機関の管理下に置かれ、経過観察が続いている。

砒素中毒患者が活用できる行政サービスが整備され、全確認患者の半数以上が生活支援を希望し、これらの行政サービスを活用している。

以上の成果を上げることができました。

セーフティネットとプロジェクトの成果

※このプロジェクトは平成23 年度厚生労働省の「ミレニアム開発目標達成に向けた分野間連携に関する検討委員会」にて、水、保健、福祉へ貢献した事例として取り上げられました。

【バングラデシュ】砒素中毒症改善のための食生活指導(2008年~2009年、味の素株式会社)

ただいま準備中です。

【バングラデシュ】地方行政強化による持続的砒素汚染対策(2005年~2008年、JICA)

JICAは2005年12月から2008年12月まで3年間、バングラデシュ政府の地方行政・農村開発・協同組合省地方行政局と協力して「持続的砒素汚染対策プロジェクト」をおこない、アジア砒素ネットワークはその実施団体になりました。対象地区はジョソール県シャシャ郡とチョウガチャ郡の2郡(人口35万人)で、目標は「行政機関の支援を受けつつ、住民が主体となった持続可能な砒素汚染対策を実施する」ことです。バングラデシュ政府が策定した「砒素対策のための国家政策」と「実行計画」に基づいて、地方行政局を中心に、公衆衛生工学局、保健・家族・福祉省の保健局(DGHS)、ジョソール県庁、県公衆衛生工学局、県保健局、郡庁、郡公衆衛生工学局、郡保健所、ユニオン議会などを巻き込んでおこなう大型のプロジェクトでした。

最初に、砒素汚染対策の軸になる砒素対策委員会をジョソール県、シャシャとチョウガチャの2郡、2郡内の22のユニオンと198のワードに設立し、活動の計画、進捗、結果を共有しながらプロジェクトを進めました。3年間に開催した委員会の回数は、ワードが399回、ユニオンが313回、郡が63回、県が13回にのぼりました。

啓発活動では、従来の村落レベルの活動に加えて、ユニオン議会主催のラリー(集会と行進)とメラ(見本市)を推進したことで、広範な住民を集めて砒素汚染の深刻さと対策の必要性を知ってもらうことができました。砒素汚染を扱った人気映画を短く編集したビデオをつくって、そのコピーをユニオン議会から無料で貸し出し、多くの人に観賞してもらいました。ラリーには3万1,000人が参加、メラには延べ22万1,000人が来場、ビデオCDは2,048回再生されて10万4,334人が視聴しました。地方行政のもつ潜在的な力をひきだすことで、大衆啓発を成功させることができました。

砒素汚染地区に安全な水を供給するために、深井戸21本、ダグウエル・サンド・フィルター(掘り井戸の水のろ過装置)31基、ポンド・サンド・フィルター(池の水のろ過装置)52基、砒素鉄除去装置45基、地域水道2か所、合わせて151基の代替水源を建設しました。これらの水源には、地質や水質の条件、乾季の水の有無などに応じた適性があります。プロジェクトは「事前適性調査」の方法を確立して、郡公衆衛生工学局の職員とともに個々の汚染地でどの水源が適しているかを調査し、適しているものの中から、住民が選択した水源を建設しました。

世界銀行と公衆衛生工学局のプロジェクトが全井戸調査をおこなってから5年ほどたっていました。住民の間に飲料水の再検査を望む声が高かったので、ユニオン議会に常時フィールドキットを置いて、村人が50タカ(80円)払えば、その場で砒素濃度を測って結果を知らせるシステムをつくりました。この制度は「ユニオン砒素検査」と呼ばれ、世界銀行が進めていたホリゾンタル・ラーニング(水平学習)・プログラムにのって広がり、2010年6月までに全国の8郡51ユニオンがとりいれて、7万8,570本の井戸水の砒素検査がおこなわれました。ホリゾンタル・ラーニングは、先駆的な実践(グッド・プラクティス)をおこなっているユニオン議会を、他のユニオンの議長が見学し、自分たちのユニオンにも導入していく取り組みです。

郡保健所の医師によって、シャシャ郡で479人、チョウガチャ郡で687人、合わせて1,166人の砒素中毒患者が確認されました。保健所は、すべての患者に抗酸化剤(ビタミンA、E & C)、角化症の患者に塗り薬を投与し、重症患者160人のうち53人が郡病院で、11人がジョソール県病院で、9人がダッカの病院で治療を受けました。プロジェクト終了時まで患者の症状を継続して観察した結果、45%が改善、50%は変化なし、5%が悪化していました。軽度の症状は、飲み水を替えることと栄養のある食事をとることで改善しますが、重度の患者は治療を受けても、回復は容易ではありませんでした。

以上のように、行政機関を巻き込んだ総合的砒素汚染対策を実施して成果をあげましたが、プロジェクト終了後に、これらの対策をどのようにして持続させていくかという課題が残りました。たとえば建設した代替水源は、利用者組合に譲渡して、その維持管理を組合にまかせます。それだけでは十分とはいえず、プロジェクト最終年に、プロジェクトのフィールドワーカーをユニオン議会に移管して、フィールドワーカーが利用者組合をサポートしながら公共水源を継続利用する方法を考えました。ところが、フィールドワーカーの給与等の財源をどこに求めるかといった問題が未解決のまま残り、持続した砒素汚染対策のためにユニオン議会に人材を置くというアイデアは、2011年に始まる「地方行政(ユニオン議会)による飲料水サービス支援事業」にひきつがれました。

【バングラデシュ】シャシャ郡移動砒素センター事業(2001年~2004年、JICA)

AANは、2000年3月にダッカ市に現地事務所を開設し、2001年1月にバングラデシュ政府NGO局に登録をすませると、2002年1月から2004年12月まで3年間、JICAの委託を受けてジョソール県シャシャ郡(人口30万人)を対象に「飲料水砒素汚染の解決に向けた移動砒素センタープロジェクト」を実施しました。このプロジェクトの英文名は”Integrated Approach for Mitigation of the Arsenic Contamination on Drinking Water in Bangladesh”でした。砒素汚染対策は”Integrated Approach”(総合的アプローチ)でなされるべきだという考えのもとで、多分野の専門家で構成されたチームがシャシャ郡内の砒素汚染地を回って、汚染状況の把握、住民への啓発、地域住民の参加促進、安全な水の供給、患者の健康管理などを包括しておこないました。

総合的アプローチの必要性について、国立予防社会医学研究所のアクタール・アーメッド医師は、「砒素汚染問題の解決のためには、ただ1つや2つの活動では十分ではない。なぜなら砒素は単なる化学の問題でも水の問題でもないからだ。砒素汚染は、社会的な問題、健康の問題、環境の問題、人間の行動の問題なのだから、活動は包括的であることが求められる」と述べています。

プロジェクトは、以下のような成果を残して終了しました。

政府の方針にしたがって、地方行政の各レベル(県、郡、ユニオン、ワード)に砒素対策委員会を組織して合計63回の委員会を開き、延べ1,141の委員が出席したこと。フリップチャート(紙芝居)やゴンビラ(街頭笑劇)による啓発と栄養指導をおこない、シャシャ郡人口の3分の1を超える12万人が参加したこと。汚染のひどい45か村で専門家チームによる移動砒素センターを実施し、代替水源の利用者組合を63か所で組織し、利用者の要請に応えて、ダグウエル・サンド・フィルター40基、ポンド・サンド・フィルター13基、深井戸9本、地域水道を1か所の計63基の公共水源を建設して、安全な水を供給したこと。医師が312人の砒素中毒患者を確認し、安全な水への転換を勧めたほか、中等度以上の患者に薬の服用、重度の患者に治療を指導して268人(86%)の患者の症状が改善したことがあげられます。

シャシャ郡のプロジェクトは、世界銀行と公衆衛生工学局(DPHE)が砒素に汚染されている270郡でおこなった「バングラデシュ砒素対策・水供給プロジェクト(BAMWSP)」の一環に加えられ、その成果をまとめた8冊のプロジェクト・リポートは他地域に発信されて、政府関係者から注目されました。しかし、それだけではプロジェクトの成果がしぜんに全国に広がっていくことはありませんでした。建設した安全な水供給施設は、プロジェクトが終了すると、しだいに稼働数が減っていき、行政機関も地域社会も、プロジェクトの間だけ付き合って、終わればその事業を忘れていくかのようでした。これを克服して対策を定着させるには、地方行政を巻き込んで持続的で普遍的な砒素汚染対策のシステムづくりが求められていました。

【バングラデシュ】シャムタ村砒素汚染対策(1997年~2000年、トヨタ財団)

世界最大規模の砒素汚染に苦しんでいるバングラデシュで、アジア砒素ネットワーク(AAN)は応用地質研究会(応地研)と協働して1996年に予備調査をおこない、汚染のひどいジョソール県シャムタ村(人口4,000人)をパイロット地区に選ぶと、翌1997年から2003年3月までトヨタ財団の助成を受けた「ガンジス川下流域における砒素汚染解決にむけた調査・研究および提言」プロジェクトのもとで、本格的な調査と対策をおこないました。

最初に取り組んだのが、1997年3月に宮崎大学工学部の横田漠教授が引率する学生がおこなったシャムタ村全井戸調査でした。12人の学生は、福岡市保健環境研究所の廣中博見氏が考案したフィールドキットで砒素濃度を測定し、それをもとにシャムタ村砒素汚染地図をつくりました。

この地図は、バングラデシュの小さな村の中に、飲料水中の砒素濃度の基準(50ppb=0.05ppm)の10倍(500ppb=0.5ppm)を超える井戸から10ppb(0.01ppm)以下の井戸まで幅広く分布していることを明らかにしました。シャムタ村に掘られていた井戸はぜんぶで282本、そのうち500ppbを超える井戸は44本(16%)で、村の南部に帯状に固まっていました。この地域で、重度の砒素中毒患者が多数確認されました。その北側に(500~300ppb)と(300~100ppb)と(100=50ppb)が東西に広がり、基準以下の安全な井戸(50~10ppb)と●(10ppb以下)は北東部にわずかに23本(8%)あるだけでした。(世界保健機構が勧告している飲料水中の砒素濃度の許容値は10ppb=0.01ppmですが、バングラデシュなど途上国の多くは旧勧告値の50ppb=0.05ppmを使っています。)

AANと応地研はこのほか、水文地質調査、村落調査、栄養調査など合計17回の調査をおこないました。宮崎県高千穂町土呂久で健診をつづけてきた堀田宣之医師を団長とする医学調査では、シャムタ村の135人(男82人、女53人)を診察し、次のような症状を確認しました。

「粘膜系症状は、全体に軽症者が多いが、結膜炎44名(32.6%)、鼻炎44名(32.6%)、胃腸炎60名(44.4%)、気管支炎57名(42.2%)などが認められた。肝症状は、肝肥大が5名(3.7%)に認められたが、腹水・黄疸などの所見を呈するものはいなかった。循環器系症状は、心雑音・呼吸困難などがあり何らかの心疾患を有するもの9名(6.7%)、高血圧7名(5.2%)、下肢にnon-pitting edemaを認めるもの4名(3.0%)、不整脈・レイノー症状各々2名(1.5%)、足の壊疽1名(0.7%)などがみられた。神経系症状では、知覚障害(触・痛覚鈍麻)は12名(8.9%)にみられ、このうち7名が多発性神経炎と診断された。嗅覚障害は16名(11.9%)、難聴は4名(3.0%)に認められた。内臓がんは認められなかったが、皮膚科検診において皮膚悪性変化は23名(17.0%)にみられた」

このプロジェクトは、バングラデシュの政府機関と国際機関に砒素汚染対策として「移動砒素センター」を実施することを提言して、2000年3月に終了しました。提言の内容は、マイクロバスにソーシャルワーカー、分析化学者、水供給技術者、医療関係者らがチームをつくって乗り込み、高濃度の砒素汚染地域をめぐって、井戸水の汚染調査、砒素の怖さを伝える啓発、代替水源の提案、砒素中毒患者の確認など包括した活動をおこなうべきだというものです。この提言を他人まかせにせず、AANみずから実施しようとしたことから、次の「移動砒素センタープロジェクト」が生まれました。

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