Asia Arsenic Network - 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク

砒素汚染対策

AANの活動地域

1996年以来、アジア砒素ネットワークは応用地質研究会(応地研)と協働しながら、2つのグループに分かれて砒素汚染の調査と対策をつづけてきました。第1のグループは、バングラデシュ南西部の地方都市ジョソールに拠点を置いて、その成果をバングラデシュ各地の砒素汚染地に移転し、さらに隣国インド、ネパール、ミャンマーに広げていっています。第2のグループは、中国・内モンゴル自治区の勝利県から調査と対策を開始し、同自治区で展開したあと、さらにベトナム南部からカンボジアにまたがるメコン川流域砒素汚染調査と対策に協力しています。

調査は、飲料水が砒素に汚染されていないかどうか、住民に砒素中毒の症状がでていないかどうか、現場を訪れて調べます。飲料水をチェックするときに使うのが、井戸のそばで簡単に砒素濃度を測定することのできるフィールドキットです。

アジア砒素ネットワークは、井戸水の砒素汚染が明らかになった地域で、砒素の危険性を伝える啓発、住民に主体的な参加を促す活動、安全な水の供給、患者の健康管理、地方行政の巻き込みなどの対策をおこなってきました。

廣中式フィールドキット

廣中博見氏(当時・福岡市保健環境研究所)は1987年10月から3年間、JICAの専門家としてタイの環境省に派遣されていたとき、タイ南部のスズ鉱山に隣接したロンピブン村で発生した砒素汚染調査に現地を訪れ、地元の保健所職員でも使える簡易砒素分析器(フィールドキット)を開発しました。このフィールドキットを宮崎大学生が活用して、1997年3月にバングラデシュ・ジョソール県シャムタ村の全井戸282本の砒素濃度を分析しました。

井戸水10ccをいれた試験管に、試薬のヨウ化カリウム、塩化第2錫、亜鉛の3種類の粉末を混ぜて塩酸を注ぐと、水にふくまれていた砒素が塩酸と作用して水酸化砒素を発生させ、試験管のふたの部分にはさんだ臭化水銀をしみこませたろ紙に、砒素の濃度に応じて薄い黄色から濃い茶褐色の色をつけます。これを事前につくっていた標準色と比べて、おおまかな砒素濃度を判断するのです。

宮崎大学生は、フィールドキットを使った調査結果をもとに、シャムタ村砒素汚染地図を作成しました。これに関心を示したのが、バングラデシュ全土に広がる砒素汚染の調査方法に困っていた世界保健機構(WHO)、国連児童基金(UNICEF)、世界銀行などの国際機関です。簡単なトレーニングを受けただけで、誰でも砒素濃度を測定できるフィールドキットは、バングラデシュの砒素汚染地域にある全井戸調査で威力を発揮することになりました。この調査では、廣中式のほか、アメリカ、ドイツ、イギリス、インドなどの分析機器メーカーの製造したフィールドキットが使われました。

廣中氏はその後もフィールドキットの改良を重ね、最近は、水素化ホウ素ナトリウムにビタミンC を加えて水素をつくり、その水素で井戸水中の砒素を還元して水素化砒素を発生させ、硝酸銀紙で捕集して色をだす方法を使っています。試薬が、水素化ホウ素ナトリウムとビタミンC だけなので、持ち運びは楽になりました。

AANが開発した代替水源

1) 深井戸

代替水源:深井戸

アジア砒素ネットワークは、以下に述べる6種類の代替水源を開発してきました。安全な水を必要としている土地で、「事前適性調査」をおこなってどの水源が適しているか調べたうえで、住民の選択する水源を建設します。

地下水に砒素が溶け出すのは、完新世(沖積世;第4紀地質時代の後半、約1万年前から現在まで)の地層で、それより古い更新世(洪積世)の地層からは溶けだしてこない、といわれています。一般に、砒素に汚染されているのは深さ20~80mから取水する「浅井戸」で、深さ200メートル付近から取水する「深井戸」には砒素汚染がみられません。したがって深井戸は、安全な水を供給する水源のひとつとされてきました。

代替水源:深井戸

ただし、砒素に汚染された浅い滞水層と砒素汚染のない深い滞水層が難透水層(粘土やシルト)によって明瞭に区分されていない場合、浅いところの砒素が井戸のチューブ(管)を伝って落ちてきて、深い滞水層を汚染することがわかってきました。そこで深井戸を掘る場合は、粘土やシルトの層にできた掘削孔と井戸管のすき間を遮水(シーリング)することが必要です。AANは、事前適性調査で難透水層の存在を確かめたうえで、掘削するときはセメントで遮水しています。

乾季に地下水位が低下し、深井戸の手押しポンプが重くなり、水を汲めなくなる地域があります。インドの西ベンガル州やバングラデシュの西部は、乾季稲作に電動またはジーゼルポンプを使って地下水を大量に汲みあげるために、地下水位がいちじるしく低下します。こうした地域では、フットバルブの位置を地中深くさげた改良井戸を使って、年中地下水を利用できるように工夫しています。改良井戸は、ハンドルが軽くなるので、子どもでも簡単に水を汲むことができます。

2) ポンド・サンド・フィルター(PSF)

昔は、池などの表層水を飲んで、下痢や赤痢やコレラなど水因性の病気にかかる人が多くいました。こうした疾病を避けるために、チューブウエル(管井戸)で汲みあげた地下水を飲むようになったのですが、今度は、井戸の水から砒素が見つかって問題になりました。もう一度、水源を池などの表層水に戻し、そのまま飲むのではなく、池の水を手押しポンプで汲みあげて、砂利と砂のフィルターでろ過するようにしたのがポンド・サンド・フィルター(PSF)です。

砂利は池の水の浮遊物質を取り除く前処理の働きをし、砂の表面に藻や微生物などが集まってできた生物膜によって、バクテリアが除去されるとされています。しかし、手押しポンプで水を汲むときにしか水が流れないので、しっかりした生物膜ができず、除菌が十分でないのが欠点です。池のまわりに柵をめぐらして原水をきれいに保ったり、フィルターの最後の貯水槽に少量の塩素を滴下して殺菌したりすることで、この欠点を補うようにしています。

3) ダグウエル・サンド・フィルター

堀り井戸

地表から5~10mのところにある水を汲みあげるのがダグウエル(掘り井戸)です。昔は、バケツを投げ込んで水を汲んでいましたが、カバーをしていないと、地上の物が落ち込んだり、投げ込まれたりします。また、この深さの水は地下に染み込んだ表流水がたまっているとみられ、地上のバクテリアの汚染が懸念されます。そこでAANは、ダウウエルをネットでおおい、手押しポンプで汲みあげた水を近くに設置した砂利と砂のフィルターでろ過したあとで、貯水槽に塩素を滴下して殺菌するようにしています。この装置をダグウエル・サンド・フィルターと呼びます。

バングラデシュでダグウエルの水質を調べたところ、飲料水基準を超えた砒素が検出されて驚いたことがありました。その原因として、砒素に汚染されている地下水が表層水に混ざったことと、稲作灌漑で汲みあげた地下水による砒素汚染が地上に広がっていることが考えられます。

4) 砒素鉄除去装置(AIRP)

井戸

深井戸が砒素で汚染されているうえ、表層水に適切な代替水源がない地域では、砒素のはいっている井戸水から砒素を除去して安全な水をつくる方法が使われます。これが砒素鉄除去装置(AIRP)です。砒素濃度の高い水は同時に鉄濃度も高く、両方を同時に取り除くので、こう呼んでいます。AANの砒素鉄除去装置は、ポンド・サンド・フィルター(PSF)の砂利槽と砂槽を通すと、砒素濃度が低くなることに着目した横田漠・宮崎大学名誉教授(現AAN代表)によって開発されました。砂利(グラベル)と砂(サンド)の機能を応用した装置なので、グラベル・サンド・フィルター(GSF)とも呼ばれます。薬剤をいっさい使わないところに特徴があります。

砒素鉄除去装置は最初に、地下水を汲みあげる手押しポンプの直下に数段のエアレーショントレイを置き、さらにフィルターのまわりに水路を切っていて、地下水がトレイと水路を通るときに十分に酸素と触れるように工夫しています。酸化された鉄は酸化・水酸化物(FeOOH)になって析出し、3価から5価に変化した砒素をくっつけて砂利槽で沈殿します。砂利槽で沈殿しなかった鉄と砒素の吸着物は、次の砂槽でおちることになります。砂槽にたまって固まると、水が通りにくくなるので、砂利槽で落としてしまうことが必要です。

継続して使うために、週に1,2回、砂利槽と砂槽の下につけられた水栓を開けて、たまった砒素や鉄を流しだします。数か月に1度、砂利を洗ったり、砂の表層をかきとったりすることも必要です。この維持管理を利用者組合にまかせて失敗した事例が多いことから、JICAとAANの「地方行政(ユニオン議会)による飲料水サービス支援事業」は、地方行政に配置した水監視員が利用者組合をサポートして持続的に利用するシステムを確立しました。砂利と砂を通ったあと、砒素と鉄以外の過剰な成分もとれて、自然界に湧いて出るようなおいしい水を飲むことができるようになり、利用者は「胸焼けもなくなった」と喜んでいます。

5) 鉄除去装置(IRP)

鉄除去装置

砒素対策として深井戸を掘ったところ、砒素は基準を下回っているのに鉄の濃度が高くて飲用できない、と利用者から苦情がでて、宮崎大学工学部の友松重樹先生が開発したのが、水が縦方向に流れていくスタイルの鉄除去装置です。

上向きの手押しポンプによって、3メートル上のエアレーショントレイに届いた地下水は、そこで十分に空気に触れ(酸化)て酸化・水酸化鉄になり、砂利のつまった紺色のタンクに沈殿します。そこで落ちなかった酸化・水酸化鉄は下段の青いタンクの砂の層にたまります。砂利と砂をくぐったあと、鉄以外の過剰な成分ものぞかれて、住民においしい水を提供しています。

週に1,2回、紺色のタンクの水栓をあけて沈殿した鉄を洗い出すほか、1,2か月に1度、砂利を洗う必要があります。技術を要する重労働なので、維持管理には、水監視員のような専門家の存在が欠かせません。

6) 生物浄化法による地域水道

地域水道

AANはバングラデシュ・ジョソール県に、2005年に1か所、2008年に2か所、三日月湖を水源にした地域水道を建設しました。原水をモーターで給水塔中段のタンクにあげて、そこから砂利3槽と砂1槽からなるフィルターに流し、浄化された水を給水塔下のタンクにためておき、決められた時間にモーターで上段のタンクにあげて、水道管で数百世帯に給水する施設です。

砂利と砂によって原水をろ過して飲めるようにすることでは、この方法はポンド・サンド・フィルター(PSF)と同じですが、両者には大きく異なる点が2つあります。1つは、ポンド・サンド・フィルターが屋根をつけて砂利と砂の槽を暗くしているのに、この方法は光を取り込んでフィルター内に動植物を繁殖させていること。2つは、ポンド・サンド・フィルターが手押しポンプで水を汲んでいる時しか水が流れないのに、この方法ではたえず水を流して、フィルター内の生物にえさを供給し続けていることです。つまり、フィルター内の砂利や砂や水中に藻・小動物・微生物を棲息させて、自然生態系の力で水質をきれいにしようとするのです。元信州大学教授の中本信忠氏は、この点を明確にして、従来「緩速ろ過法(Slow Sand Filtration)」と呼ばれてきたこの方法を「生物浄化法(Environmental Water Purification System)」と変えるように提唱しています。

日本には、環境省が指定した名水がありますが、生物浄化法によってつくられた水は澄みきって、日本の名水に負けないおいしさです。地域水道の利用者の中には、近くの村の親戚を訪ねるときに、水道の水をペットボトルにつめてお土産に持って行く人もいます。

アジアの交差点・砒素センター

砒素センター

2013年11月、バングラデシュ・ジョソール県ショドール郡アリプールユニオンのクリシュノバティ村の北と東は集落、南と東に農地に囲まれた田園に3階建ての砒素センターが完成しました。敷地は1,290平方メートル(東西約39メートル、南北約33メートル)、建坪は338平方メートル(東西23.5メートル、南北14.4メートル)、3階建てなので、延べ面積は1,015平方メートルになります。建物の土台と柱は鉄筋コンクリート、壁の内側にはレンガを積んでいます。1階はオフィスルームと医療相談室、2階にラボラトリー、研修室、お祈り部屋、食堂、台所、3階にゲストルーム(10室)、建屋外に4台の車両を収納する車庫があります。

砒素センター

AANがバングラデシュで活動を開始して数年後に砒素センターの構想は語られるようになりましたが、具体的に動きだしたのは、2006年8月に設計図ができてからです。2007年3月14日にジョソール市郊外に1,290平方メートルの土地を購入、当初見積もりの720万円が集まったところで2009年3月20日に定礎式をおこない、5月29日に建設に着手しました。資材の値上がりが激しく、当初資金で1階と2階の東半分ができた段階で、事務所とラボラトリーを移転し、建物の活用を始めました。その後、資金のあてがないまま2年近く過ぎたとき、松尾基金をはじめ大口の寄付金が寄せられたことから、2013年1月1日に3階、屋上、建屋外の整備、壁面の塗装にとりかかり、11月に建設を終えて12月13日(金)に日本からの参加者を迎えて完成式をおこなう予定でした。しかし、総選挙を前に政情が悪化して国内の安全な通行が難しくなったために式は延期されたままになっています。建設にかかった費用は、円に換算すると、総額約1,800万円でした。

砒素センター:研修

AANは、バングラデシュにおける20年の活動を通して、砒素汚染の調査、砒素中毒患者の確認・治療、住民への啓発、地方行政との協働、水質検査、安全な水源建設など、総合的な砒素汚染対策の方法を確立しました。その経験や技術をバングラデシュ国内にとどまらず、広くアジアの砒素汚染地に伝えていく交差点が「砒素センター」です。2010年12月には、WHOとAANの共催で、ネパールの医師らに5日間の研修をおこないました。2013年10月には、日本の土呂久、インドのウッタルプラデシュ、ネパールのナワルパラシとバングラデシュ、4か国の砒素汚染対策関係者が集まって、ガンジス流域のすべての人に公平に安全な水を供給する問題を話し合うワークショップを開いて、アジアの交差点の役割を果たしています。

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