Asia Arsenic Network - 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク

コメのヒ素濃度を低減するための水管理方法の普及について

コメからのヒ素摂取のリスクは長年懸念されてきましたが、2025年4月にLancet Planetary Health誌に「気候変動がコメのヒ素濃度に与える影響と健康リスク」*1に関する論文が発表されてから、改めてこの問題が注目をされています。

AANが活動しているバングラデシュの地下水には自然由来のヒ素が含まれています。地下水灌漑に依存して栽培されたコメには、ヒ素が蓄積され、コメのヒ素濃度が高くなることが分かっています。その結果、バングラデシュのヒ素汚染地域の住民は、コメの摂取だけでWHOが定めた最大許容一日摂取量を超えるヒ素を摂取していると報告されています。*2

コメの摂取による健康被害は飲料水ほど注目されてきませんでしたが、バングラデシュではコメの消費量が多いため、ヒ素摂取量(水と食物を合わせた量)の50%がコメを介したものだとする報告もあります。長年にわたる摂取は、様々な疾患を引き起こす「サイレントキラー」であり、対策は急務です。

この問題に対応するため、バングラデシュ農業大学(BAU)と東京大学は、農研機構、バングラデシュ農業普及局、秋田大学と共同で、JICAの技術協力プロジェクトである「稲の安全性と高栄養価に貢献する育種および水管理技術の開発プロジェクト(SANRICE)」を実施しています。この事業では、農研機構をふくむ日本の研究機関が開発した「3F4D+MD」と呼ばれる水管理によって稲のヒ素を低減する栽培方法*3の普及を目指しています。

実はAANも農研機構の協力を受けて、2022年よりバングラデシュのヒ素汚染地域にて3F4D+MDの実験を行い、水利用量、ヒ素濃度、収量において、良い結果を得てきました。そのご縁から、SANRICEプロジェクトと連携することとなり、3F4D+MDの実証圃場の設置、広報・教育教材の作成、研修や発信活動の実施を行っています。

対象地域はAANが1998年から支援をしてきた高濃度ヒ素汚染地ジョソール県チョウガチャ郡です。チョウガチャ郡では農地の8割で乾季にコメを作っています。乾季稲作は、汲み上げた地下水を田んぼに張ったまま稲を育てる常時湛水が慣行です。これに対して3F4D+MDは、8日間の中干と、出穂前後の6週間は3日湛水4日落水(週に一度灌漑)を繰り返します。この水管理法によってコメ中の無機ヒ素が20%程度低減できることが農研機構とBAUの実験で確認されています。

2024-2025年に3つのデモ圃場で3F4D+MDと慣行の比較実験を行いましたが、水使用量を15-40%削減できました。デモ圃場の一つアラルダの圃場では13%の収量が増加しました。特別な投入をせずに安全性を高め、地域の水環境を改善し、収益性を高める3F4D+MDは素晴らしい技術です。私たちAANはAANバングラデシュとともに、農家さんの事情や気持ちに寄り添いつつ、一つひとつ課題を解決し、技術の普及に貢献していきます。

アラルダ村の圃場のベンガル月ごとの灌漑時間。乾季稲の開花時期で灌漑需要が最大となり、渇水期でもある3-4月(チョイットロ月)に灌漑量が半減できるのが3F4D+MDの魅力の一つ。

高濃度ヒ素汚染のあるマルア村の若手農家さん。2年前に父親が慢性ヒ素中毒症で他界したのをきっかけに仕事を辞めて就農。コメのヒ素を下げられる稲作に関心を持ちモデル農家として3F4D+MDに挑戦。収穫の日、「3F4D+MDで育てた米は売らずに家族と食べたい」と喜びを語ってくれました。

*1https://www.thelancet.com/journals/lanplh/article/PIIS2542-5196(25)00055-5/fulltext

*2https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/arsenic

*3https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/rice_As_reduction_v2.pdf

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