砒素汚染による健康被害・貧困化抑制プロジェクト(2010年3月~2012年3月)

バングラデシュ国ジョソール県オバイナゴール郡における砒素汚染による健康被害・貧困化抑制プロジェクト

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バングラデシュで初めて飲料水用の井戸から基準値を超える砒素汚染が発見され17年が経過しています。その後行われた調査の結果として、全国で約30%の井戸の水が砒素を含んでおり、砒素の入った水を飲む人は約3500万人、すでに砒素中毒症を発症している人が約38000人と報告されています。この間に砒素に汚染された井戸の代わりに深井戸、ダグウエル、雨水集積装置、ポンドサンドフィルターなどの代替水源設備が設置され、地方部においても簡易水道が敷設される地域もでてきています。しかし、技術、費用の問題などから、砒素汚染がある地域においてすべての人に安全な水が届くにはまだ時間がかかる見込みです。

砒素中毒患者の調査に関しては、政府も調査に力を入れているが、砒素中毒症状の診断ができる保健・医療従事者の数は限られており、見過ごされている患者が残されていることが懸念されます。もう一つの問題として挙げられるのが砒素中毒患者の貧困化の問題です。砒素中毒症は日常的に栄養状態の悪い貧困層に発症しやすいと言われ、病気になることでさらに支出増・収入減となり、貧困化が進むという問題です。

このような状況を受け、砒素汚染がある地域においても健康被害と貧困化を予防する対策が求められているとアジア砒素ネットワークは考え、本プロジェクトを提案し、2010年3月より実施しています。

1. プロジェクト概要

1)プロジェクト実施期間:2010年3月23日~2012年3月31日(2年9日)
2)プロジェクト予算:5000万円
3)実施機関:(特活)アジア砒素ネットワーク
4)プロジェクトデザイン

上位目標:
対象地域において砒素被害による貧困化が抑制される

プロジェクト目標:
対象地域において砒素汚染被害を抑制するセーフティ・ネット整備のため、住民、保健・医療従事者、行政の能力を強化する

期待される成果:

成果1 砒素による健康被害拡大防止のための生活習慣が住民に理解される
成果2 対象地域における保健・医療従事者の砒素中毒患者を治療する能力が向上する
成果3 ユニオン砒素対策委員会の砒素中毒患者の生活支援能力が向上する
成果4 プロジェクトの成果が普及する

2.プロジェクトの主な活動

プロジェクトは、砒素汚染による健康被害と貧困化を抑制するためのセーフティ・ネットの構築を目指し、主に3つの活動を実施している(図―1)。

1)住民に対する啓発活動の実施

1番目のセーフティ・ネットとして、砒素中毒症は代替水源設備が仮になくても、水利用の工夫や栄養改善によってある程度緩和することができる。これらの知識はフリップチャートを用いた対話式啓発活動などを行って普及する。啓発活動実施者は、プロジェクトで雇用されるフィールドファシリテーター(FF)、保健省のHealth Assistant (HA)とFamily Welfare Assistant (FWA)、そしてユニオン砒素対策委員会である。プロジェクト開始後、郡教育局からの提案により、新たに学校での啓発プログラムを支援する活動が追加された。

2)保健・医療従事者による砒素中毒患者の調査・診断・治療・指導に対する技術支援

2番目のセーフティ・ネットとして、患者の早期発見があげられる。患者調査については保健省の指針に従って計画・実施する。具体的には、研修を受けたHA/FWAが家庭訪問を通じて疑い患者を発見して照会カードを渡し、疑い患者は照会カードを持って、郡保健所に行き診断を受け、砒素中毒症と確定されたら登録をする。登録された患者についてはHA/FWAが定期的にフォローアップしていく、という形である。

政府が実施する研修は時間や内容に限りがあるため、プロジェクトではより実践に力を入れた研修を実施し、実践の場でもHA/FWAや郡保健所の医師の活動を技術的にサポートし、砒素中毒症の早期発見と適切な治療を行うことで重症化防止に寄与する。

オバイナゴールでは保健省による2回目の研修と患者調査が2010年2月~3月にかけて実施されていたこともあって、本プロジェクトではHA/FWA研修を7月に実施した。

また、現場レベルでの活動から得られた教訓を、中央レベルで開かれる合同調整会議(JCC会議)を通じて、保健省にフィードバックする予定である。

3)行政の砒素中毒患者への生活支援の仕組みづくりと実施支援

砒素対策のために、バ政府は2000年に砒素対策委員会(AMC)を県・郡・ユニオン・ワードレベルで設置する指示を出した。その指示の中で各AMCの役割も示されているが、その後実施された政府のプロジェクト(BAMWSP)の活動に合わせた役割分担になっており、砒素対策全般を網羅しているとは言いがたい。

前身案件の持続的砒素汚染対策プロジェクトでもAMCの役割について整理をしなおし、水対策や啓発活動の中心としてユニオンAMCに注目した。しかし、この中でもユニオンAMCと砒素中毒患者の関係についてはあまり言及されず、積極的な関係作りは行われなかった。

しかし、患者家族が貧困状態に陥りやすい現状を考えるとき、医療的支援、水供給での支援とは別に、生活支援も必要であり、それができるのは住民にとってもっとも身近な行政機関であるユニオンと考えられる。このため、本プロジェクトはユニオンAMCによる患者世帯の生活支援を3番目のセーフティ・ネットとして加えた。
家畜飼育、洋裁、小商いなど収入向上活動も試行するが、それとは別に政府の既存の貧困救済プログラム(VGD,VGF、各種年金等)の枠に砒素中毒患者を巻き込むことを現場レベルで提言し、前例を作って定着させ、他地域への普及を目指す。
現在までのところ、ユニオンレベルではなく、ユニオンをまとめる立場にある郡を交渉窓口にしてプロジェクトを開始したため、仕組み全体がやや郡中心になりつつある。

このセーフティ・ネットの考え方がオバイナゴール郡だけでなく、全国に整備された場合、長期的に見ると以下のインパクトが期待できる。

第1のセーフティ・ネットである生活改善では、雨季雨水利用で年間の3分の1は完全に砒素摂取を避け、栄養改善により体内に蓄積された砒素の排出を促進、水質検査によって高濃度汚染井戸の水摂取をとめることを目指す。これを徹底することで、プロジェクト対象地に限らずバングラデシュで現在砒素に汚染された水を飲んでいる人口1900万人程度※1の住民のすべてに関して、砒素中毒の発症を減少させることができる。

第2のセーフティ・ネットでは、未確認の患者や新たに発症する可能性のある住民が早期に発見され、適切な治療・指導を受けられるようになることを目指す。未確認の患者に関するデータはないが、ジョソール県チョウガチャ郡シャシャ郡では2004年調査時のより、2007年調査では倍以上の患者が確認されている。そのことから、網羅的な精度の高い調査を実施することで、現在記録されている患者数38,000人おりははるかに多い患者が全国にいることが推測できる。新たに発症する可能性のある住民については、WHOは10μg/Lの汚染水を飲み続けた場合皮膚がんを発症する確立は1万人に6人、50μg/Lでは1万人に30人としている。濃度により皮膚がんの罹患率は変化し、M. Feroze Ahmed は、バングラデシュの飲料水砒素汚染問題から皮膚がんを起こす人口は375, 000人と推計している*

第3のセーフティ・ネットが張られた場合、現在確認されている患者(公式発表38000人)が更なる貧困に陥らないことが期待されている。TOWARD AN ARSENIC SAFE ENVIRONMENT IN BANGLADESH※3によれば、軽度から中程度の砒素中毒症にかかることで1ヶ月当たりの治療費は4~5ドル。がんの治療には300ドル~1000ドル必要とある。農村部の平均収入は3000~5000tkと言われ、中程度なら1ヶ月収入の10%が、がん治療費では4~22ヶ月分収入相当額が費やされることになる(1ドル=68tk)。中程度の症状からは手足の痛みを伴い、労働能力が著しく低下することを合わせて考えると、貧困化が加速することが分かる。したがって、行政によるセーフティ・ネットは重要である。

このように、本プロジェクトでカバーできる患者数は少ないが、モデルが他の地域に広がることで多くの人を支援できる。この3つの安全網モデルによる被害者支援は、実は砒素汚染、砒素中毒に限ったことではなく、様々な環境汚染、社会問題にもそのまま適用できる。つまり、ある問題に対して、(1)住民に情報を提供し、(2)行政の対処能力を高め、(3)被害者がダウンスパイラルに陥るのを防ぐ、という3段構えである。そのため、以下で概略するように、このモデルを機能させる方法をこのプロジェクトで確立できれば、プロジェクトの成果は汎用的なものになる。

2010年度事業報告(English)

IGOプログラムの実施状況(English)

*1 Situation Analysis of Arsenic Mitigating 2009
*2 Arsenic Contamination of Groundwater: The Problem and Mitigation Strategy in Bangladesh
*3  TOWARD AN ARSENIC SAFE ENVIRONMENT IN BANGLADESH
A Joint Publication of FAO, UNICEF, WHO and WSP

 本事業は、2012年3月で終了いたしました。オバイナゴール事業報告書全文はこちらからご覧いただけます。概要版–単ページ2.23も作成しています。